Vladimir Horowitz (ウラデミール ホロヴィッツ)

世の中には2種類のピアニストしかいない。ホロヴィッツとそれ以外だ。なんて言う人がいるかもしれないくらい熱狂的なファンがいる人である。1904年生まれ(記録上。正しい生年は1903年といわれる)で1989年、最後の録音を残した4日後に急逝。
魔性の演奏といわれることが多く、ラフマニノフのピアノ協奏曲3番やチャイコフスキーのピアノ協奏曲等、メジャーな協奏曲の中で史上最高の快演を残したと言っても過言ではないだろう。事実、ラフマニノフに自分よりうまく弾く、と言わしめした程だ。一方で演奏される機会では3番と双璧をなすラフマニノフの協奏曲2番の録音は残していない。本人曰く、「3楽章のクライマックスで、ピアノがオケの伴奏をしているのが気に食わない、演奏は嫌だ。」とのこと。しかもラフマニノフ本人に言うわけだからなんともスケールが大きい。それに対して「じゃ、好きに変えちゃっていいよ。」なんてラフマニノフも言っちゃうもんだからもう何が何やら。ちなみにピアノソナタの2番は似たようなエピソードで本当にホロヴィッツが編曲しちゃっているが協奏曲の2番は編曲せず、録音もしなかった。これを惜しむ人もいる。
チャイコフスキーの方は義父のトスカニーニとの競演がもっとも評価されているものの一つである。気むずかし屋で練習中にあまりにだめ出しをするから「トスカノーノー」と呼ばれた義父との録音である。余談だが、この父親から男勝り気質を譲り受けた娘のワンダに対し、「男好きだった」と言われているホロヴィッツは「男以上に男らしい」魅力を感じて結婚したとか。

生来の神経質で、体調面の問題を抱えることが多く、何度か休養を繰り返したが、1965年に復活後、還暦を超えているにしては驚異的な演奏を繰り返すこととなる。
まずは1968年録音のスクリャービンのエチュードOp.8-12とシューマンの子供の情景よりトロイメライ。

彼が弾くスクリャービンのエチュードはいくつか録音されており、これまた伝説的な録音と評価されている。上記はそのうちの一つであり、指を伸ばして弾くスタイルは日本では真っ先に矯正されてしまう奏法だ。「卵を持つように手を丸めて!」などとピアノ教師に叩きこまれた方々もいるかと思う。

ワイマールでリスト御大の演奏を聴く機会に恵まれた伊藤博文がリストを教師として日本に連れてこようと画策するも、リストがどのような人物かを知っている西園寺公望があきらめるよう説得した、などという出所不明のお話があり、「もしこのときリストが日本に教師として来ていたら、日本のハイフィンガー教育が栄えることなどなかったのに」などという想像が語られるほど、日本には音楽教育の悪しき伝統が明治以降変わらずに色濃く残っているわけだ。

ところが海外で指を伸ばして弾くような人は結構いるわけで、ホロヴィッツの場合特にそれが顕著である。指を伸ばして弾くタイプの人でも早いパッセージは指を丸めないとテンポが遅くなってしまうのだが、この人はのばしたままで指が駆けめぐる。専任調律によりハンマーを削っているから打鍵が軽くなっているからだ、などといわれることもあるが、それにしてもなかなかこうはいかないだろう。

トロイメライに関しては晩年彼が得意とした演目であり、ホロリときちゃいそうな演奏である。
さらにおじぃいちゃんになった後の最晩年のトロイメライ。

キーシンの項でも紹介した、さそうあきらの「神童」ではホロヴィッツとおぼしき”ロブコウィッツ”が主人公とかくれんぼをするシーンがある。主人公がロブコウィッツをおびき出すのに革命のエチュードを弾き、で戦争を思い出して妻ワンダに泣きつく。主人公に泣き虫とののしられてよろよろとピアノに向かって弾いた曲がトロイメライ。主人公は曲を聴いてホロリと涙し、泣き虫と逆にののしられる、なんていうシーンが描かれている。

さて、こちらは上で紹介したラフマニノフのソナタ2番(音のみ)。
3分20秒あたりで弦が切れ、再度同じフレーズから弾き直している。観客は大喜び。

上の方で紹介したラフマニノフのピアノ協奏曲3番。
75歳で弾いてのけるのだからやっぱり凄い。

8分40秒あたりではもう死んじゃうんじゃないかと。
続き

最晩年の英雄ポロネーズ。息絶え絶えで実に痛々しい演奏だが、演奏終了後の一息とともに、「何とか弾けたー」てな声が聞こえてきそう。演奏はともかく、この時期の少年のようないたずらな表情を見せるおちゃめなホロヴィッツが実は大好きだ。

さんざん紹介しておいて何ですが、この人の演奏を聴きたい場合は30年代~50年代の録音をCDで探し出すのが一番いいです。はまるととりつかれたように聞き続け、かつ、他の人の演奏が子供じみて聞こえるようになるので是非試してみては。

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